伊勢戦国時代村からの生還 
伊勢うどん死闘編 

伊勢フィクションノンライター 伊藤えん魔

 その全景の入り口。かなり遠くから見えていた駐車場エントランスに車を滑りこませると、麗しくも四十三歳くらいの大奥が迎えてくれた。「三百両でございます」 そんな古い通貨など持ってる筈のねぇ俺だ。すごすごと引き返そうとしたら、今回の劇団旅行の幹事を務める坂本が「いいんですよ。ここでは三百円の事ですから」と人を小馬鹿にしたように諭しやがった。俺はすでに心が切られる思いだった。

 中に入るといきなり戦国時代がそこにあった。城壁には無数の兵士達が銃や槍を構えている。「見ろ! 連中はやる気だ。このままじゃやられるぜ!」 俺はとっさに一回転して団子屋の物陰に隠れた。だが若手の連中は嫌がる俺をむりやり立たせ、山中にある芝居小屋へと引きずっていく。がむしゃらに暴れてると目の前に信じられねぇモノが現れる。そいつは長いエスカレーターだ。天国まで届きそうな風貌だ。俺は恐る恐る乗ってみた。そしていつしか、深い眠りへと落ちていった。

 終点に着いたのか、俺はエスカレーターからころげ落ちていた。そこは見せ物小屋の並ぶ城下町だった。早速、連れて行かれた出し物は「大岡越前名裁き」。なんと大岡越前自ら前説をしてる。「お、おい、これは現実なのかい?」 話はこうらしい。つい魔がさして盗賊から銭を盗んじまった婆さんと孫娘が白州に座らされてる。いくら何でもそいつは分が悪い。だが驚いた事に越前は娘を裁かず、一部始終を見ていたお地蔵さんを裁いている。「狂ってる!」 俺は思わず叫びそうになった。だが、それを予測していた劇団員達に取り押さえられちまった。クソ。

 奉行所の横には忍者屋敷があった。見上げるといかしたカラスがカァーと鳴いてる。まるで俺を「ここに入る度胸はあるのかい?」と品定めしてる面だ。「あぁ、命なんざとっくに捨ててるぜ」 俺は勇敢に先頭に立って屋敷に入った。と、暗闇から額に銃弾を撃ち込まれた忍者が現れた。「この屋敷に入った者は死を覚悟せい・・・云々」とか喋りだしたので俺は後ろの連中をなぎ倒して外に出た。そのまま茶店に駆け込み伊勢うどんを注文する。すると大名行列がやってきた。ここはもう一度外に出よう。俺は地面を舐めるように土下座した。すると「恥ずかしいからやめて下さい」と門野が走ってきた。「馬鹿が! 無礼討ちにされるぞ!」 俺は慌てて門野を地面に平伏せさせた。大名め、俺達を一瞥してマジにゲラゲラ笑ってやがったっけ。家来も他の観光客も、皆だ。

 ここに来て、劇団員達が俺と口をきかなくなっているのに気づいた。なぜだ? お前らにはここがやばい場所だって自覚がねぇのかよ?
 最後は黄金に輝く天守閣だ。ここでは織田信長が連日のように戦いにあけくれてるって話だ。果たして城内じゃ桶狭間から本能寺までの戦が出現し、怒号が鳴り響いている。最もやばい場所さ。俺は頭を低くして戦火を抜ける。「そこの者。わしの様になるでないぞ」 声の方に目をやると、一人の武将が俺を見送ってくれてる。どっかのカスな観光客が「あはは、あのお侍さん壊れてる」と笑ってやがる。情けねぇ。戦い傷ついた男を誰が笑えるってんだ? わかった、武将のおっさん。俺は何があろうと生き抜いてみせるぜ。「町人め、そこをどけ! 俺は生き残ってみせる!」 どん、と城の最後の扉をつきやぶると、そこは巨大な土産物屋だった。俺はニャンマゲクッキーを二つ買った。


不吉な城の門
人々はすでに戦火の中にあった。阿鼻叫喚。

超エスカレーター
梺下から頂上まで、三日かかった。


楽しいお芝居
若き日の徳川吉宗が一人旅を。馬鹿な。


孤高のカラス
ヤツには全てを見すかされていた。


案内する忍者頭領
目は白く三白眼。どう見ても死んでやがる。


伊勢うどん
濃い伊勢たまり醤油は絶品。二杯食べた。


黄金のしゃちほこ
背骨が辛そうだったのでさすってやった。


腕の長い鎧武者
関節ごと抜けててすげぇ。どうか生きててくれ。